子どもとの時間でアイデアが生まれた!『おなまえひらがなえほん』制作秘話(前編)
出産祝いやお誕生日のプレゼントに人気の『おなまえひらがなえほん』。絵本を組み合わせて名前を贈るというアイデアを生み出した詩人のきむさん。そして、きむさん監修のもと2年という年月をかけてアイデアを形にしていった企画・デザイン担当の西村夏南さん。『おなまえひらがなえほん』が生まれたきっかけから絵本づくりに込めた想いまで、たっぷり語っていただきました。
子どもとの時間でアイデアが生まれた!
西村夏南(以下、かな):まずは『おなまえひらがなえほん』の企画が始まったところからお話ししたいなと思います。この企画について、私が初めて聞いたのは3年程前だったかなと思います。でも、きむさんはそれよりずっと前からアイデアをあたためていたんですよね?
きむ:うん。アイデアの種みたいなものはずっと前からありました。きっかけは4人の子どもたち。まず、長男のはるたはもう22歳だけど、小さい頃、積み木でよく遊んでいました。1文字ずつひらがなが書かれた積み木で、「は・る・た」と並べたりして楽しそうにしていたのが思い出として残っています。
監修を担当した詩人きむ
それから次男のさくた、長女のはなが生まれて、ふたりが小さい時はお風呂にひらがな表を貼っていました。「はなちゃんの『は』はどこだ?」と聞いたりしてお風呂で遊ぶのが恒例だったんだけど、実はちょっとモヤモヤしていたんだよね。というのも、「さ」は「サッカー」みたいに、1文字につき1つの言葉しか紹介されていなかった。「さくた、将来サッカーするかな? 違うスポーツかも?」とか、「はなちゃんの『は』はこのイメージじゃないな」とか、そこから出会える言葉が少ないことに物足りなさを感じていました。
そして4人目のひな。今は小学生になって字が読めるようになったけれど、何年か前まで二人で道を歩きながら「ひらがな探し」をよくしていました。看板を指差して「あ! ひなの『ひ』見つけた!」って、すごく楽しそうだった。やっぱり自分の名前から文字や言葉に興味を持っていくんだなとあらためて実感した体験だったかもしれない。それで、そんなふうに楽しみながら文字を学べる絵本を作りたい!と思うようになりました。
絵本を作りたいと思ったきっかけは、子どもたちと過ごす日常から
かな:お子さんとの思い出の一つ一つが『おなまえひらがなえほん』につながったんですね。
きむ:そう。積み木やひらがな表、道でのひらがな探し、すべてがピピピとつながって、アイデアが生まれたという感じかな。
あいうえおの本は世の中にたくさんあるけれど、ほとんどは1冊に全部のひらがながまとめて紹介されている。それだと紹介できる言葉も少ない。お風呂で遊んでいたひらがな表も1文字1言葉。そうじゃなくて、1冊1文字でいろんな言葉を紹介する。それで積み木みたいに組み合わせて名前ができたらいいなって、どんどん夢が膨らんでいきました。
企画・デザインを担当した西村夏南
かな:『おなまえひらがなえほん』のアイデアを初めて教えてもらった時、「名前は親から子への最初の贈り物。その名前をプレゼントできる絵本」と聞いて、とっても素敵だなと思いました!
きむ:僕自身、子どもたちの名前を考えるのがとても楽しかったんだよ。きっと世の中のお父さんやお母さんも想いを込めて我が子の名前を考えているはず。名前の絵本があったら子どもにとっても親にとっても特別なものになると思いました。
うれしい言葉を届けたい
「あ」の本は「あ」が付く言葉を紹介
きむ:1冊1文字。組み合わせて名前をプレゼントする。アイデアはとてもシンプルだけど、制作には2年かかったね。難しい点はいろいろあったけれど、まず思いつくのはやっぱり数の多さかな。ひらがな表によく載っているのは46音。名前にあまり使われない「を」を抜いても45音。企画の進行からデザインまで担当してくれたかなちゃんは本当に大変だったと思います。
『おなまえひらがなえほん』は全部で45冊!
かな:最初は、会社のみんなも「45冊も作れるのか?」って衝撃を受けていたと思います(笑)。でも、リサーチのため社内アンケートを実施したら、小さなお子さんを育てている社員の反応がすごく良くて、「素敵」「欲しい」という声がたくさん集まりましたね。
きむ:そうそう。みんなの声がすごく力になったね。
かな: 私自身には子育ての経験がないので、お母さんお父さんである社員からもらったアドバイスにとても助けられたし、親だから感じる想いみたいなものを知って良いものを作りたいという気持ちがいっそう強くなりました。
きむ:アンケートの中で印象に残っている言葉はあるかな?
アンケートでは社員からさまざまな声が集まった
かな:特に印象的だったのは、女の子を育てている社員の言葉です。「名前を通して、あなたは私たち(親)にとって大切な宝物だよと子どもに伝えたい」と書いてあったんです。それを読んだ時、お母さんやお父さんの想いをカタチにして伝えられる絵本があれば本当に素敵だな、そんな本を作りたい!と思いました。
アンケートの回答から生まれた「たからもの」のページ
きむ:それを叶えるため、サイズ、デザイン、言葉など、一つ一つ丁寧に決めていったね。
かな:言葉は、1冊につき8つ。どの言葉がいいか、どの順番がいいか、きむさんと編集者さん、私の3人で何度も会議を重ねましたよね。食べ物、あいさつ、動物など、子どもたちが日常で目にするもの、使うものを中心に言葉を選んでいきましたが、その時も「リアルなお母さんの声」がすごく参考になったなと思います。
じゃばらの絵本を開くと、8つの言葉に出会える
きむ:ポジティブな言葉やうれしい言葉を入れて欲しいという声をもらって、「ありがとう」「にこにこ」「わくわく」といった言葉を入れたね。小さい時は自分の知っている言葉を探してモノを見る。良い言葉で世界ができているというのは子どもにとってすごく大事だと思うし、アンケートで親たちはみんな同じ想いなんだなということを知って、子どもたちの言葉の世界が豊かになる絵本を作りたいなとあらためて思ったよ。
子どもたちに見せたい景色を描く
きむ:言葉が決まったら次はイラスト。描くときに気をつけていたことはどんなことだった?
かな:小さい子は言葉よりもイラストでまず理解するので、イラストを見たらぱっと意味が分かるように本物に近い形で表現することを心がけました。「ただいま」や「さんぽ」など、あいさつや動作など絵にするのが難しい言葉は、男の子と女の子、ふたりのキャラクターを作って表現しました。
キャラクターを考えていた時に描いたラフ
きむ:45冊分のイラストを描くだけでも大変だったと思うけど、いろんな工夫をしてくれていたよね。
かな:360個のイラストを描くのは苦労もありましたが、とっても面白かったです。アシスタントの子と一緒にたくさんのラフを書いて、「小さな子はどんなイラストが好きかな?」「絵本を読む時間がどうやったら楽しくなるかな?」「クスッと笑ってくれても嬉しいよね!」などと話し合いながら、子どもたちが喜んでくれるイラストになるよう追求していきました。
完成までいくつもラフを描き、細かくチェック
きむ:真っ暗だった夜空に星が輝きだしたり、見せてもらうたびブラッシュアップされていくのが楽しみでした。
かな:夜空のイラストが変わったのにはきっかけがあるんです。ある日の帰り道、自転車に乗りながら、ふと空を見たら、たくさんの星が光り輝いていて「きれい〜!」と思いました。絵本を読む子どもたちも同じように夜空を見て感動する日が来るかもしれない。いつか出会う美しい景色を見せてあげたい。それで、ピーンときて「星は全部光らせよう!」と思ったんです。
きむ:あれは、かなちゃんが見た星空だったんだね。
仕事帰りに眺めた夜空を撮影
夜空の中に光る星を見てうまれた「ほし」のページ
かな:自分が経験した感動や驚きもイラストで伝えられたらいいなと思いました。夜空を修正した後、他のイラストも全部見返して、青空も海も一色で塗りつぶすのではなく微妙な変化を加えました。
きむ:そんな細部へのこだわりが、手触り感というか、デザインに立体感を生んでいる気がするね!
(文)村瀬真奈
(写真)日比康二 加藤はな